House S
Year: 2024
Site: Hiroshima
Building Type: Private Residence
Structural Engineer: Daisuke Hasegawa/Daisuke Hasegawa and Partners
街と緩やかに繋がる
住まいと街は、線や面で分けられるものではない。
その境には、身体が行き交い、佇み、光や風を肌で受けとめ、双方を緩やかに接続する「あいだの場」がある。
この境界部に生まれる中間領域を、仮に〈境域〉と呼ぶ。
これは、ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンの提唱した“Schwelle(閾|しきい)”-境界線ではなくZone(移行領域)-の概念に重なる。(1)
そこでは、日々の暮らしと街の気配が、そっと触れ合う。
広島県呉市の夫婦と子供2人のための戸建て住宅。計画地は、街のメインストリート「本通り」から少し入った五差路のすぐ側の周囲から目を引く立地である。敷地側からは、並木道の景観が美しい。このような公共性の高い立地において、如何にプライバシーの確保しながら、眺望や採光を取り込み、街(外部環境)と関係づけていくかが設計当初からの課題であった。
建主からは、複数の独立した諸室、ビルトイン駐車場、そして来客を迎えるゆとりあるエントランスやアプローチが求められた。来客は多い一方で、私的な領域は確実に確保したい。また、リビングテラスと物干用のテラスは分けたいという。さらに設備置場用のテラスも必要となる。これらの要件に応えるため、敷地の広さを最大限に活用した3階建てのマッシブなボリュームとし、木造を望む意向と構造的合理性・経済性を踏まえ、1階をRC造、2・3階を木造とする混構造とすることが決まった。
設計上の課題は、プライバシーの確保と外部環境との関係性の調整である。
三方を隣地に囲まれ、準防火地域における木造3階建てであるために開口制限が課される条件下、接道側以外に大きな窓を開けることは困難だった。
また、与件を整理すると、一室空間ではなく動線空間と居室とを明確に分離し、複数のテラスを確保する必要がある。動線空間やテラスは、居室に比べ、稼働率の低い空間に陥りがちである。これらの空間を使用していない時も含めて価値を生みだすことは出来ないだろうか。
そこで、外壁開口部は限定的にし、代わりに動線空間やテラスを半外部的に設え、建築内外の中間領域を〈境域〉として挿入する構成を考えた。〈境域〉を外部環境と居室との関係を踏まえて立体的に配置することで、外部からの視線や気配を制御しながら、光や風や景観を濾過して居室に取り込む。空間に奥行と陰影が生まれ、使われていない時も環境を穏やかに調停し続ける。
また、廊下やアプローチ等は一般的な寸法より少し広く、遊びのある空間として計画し、建具を開閉することで、各居室と一体化/分節することも可能とした。これにより、〈境域〉は日本的な「間」や「余白」にも通じる、用途に縛られない可変性やゆとりを持つ空間として日常に潜在的な可能性を生み出す。
〈境域〉は単なる通過帯ではない。
植物を育てる場として、子供たちの遊び場として、あるいは、立ち話する場として機能する。
滞留/逡巡/回遊を許容する領域として、微気候に身体が感応し、時間感覚が撓む。
街景は空気と影の層流を透かして輪郭を緩和し、浸透していく…。
外部環境に対し適宜〈境域〉が穿たれたボリュームに、屋根は大きく架けられ開口部ごとの異なる日射条件に応じて斜めに切り取られている。これにより、四季を通じた快適性を確保した環境への応答がそのままカタチとなって現れる。
〈境域〉があることで、空間に奥行きが生まれ、物理的にも心理的にも街と程よい距離感を保ちながら、外部環境を取り入れる。稀有な操作に頼らず、暮らしと街との関係性、距離感を調整することで、心地よく緩やかに街と繋がる建築を目指した。
〈註〉(1)ヴァルター・ベンヤミン 『パサージュ論』O 2a,1 / GS V, 618